ジル・ヴィセンテFC
ジル・ヴィセンテ | ||||
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原語表記 | Gil Vicente Futebol Clube | |||
愛称 |
Gilistas Galos (雄鶏) | |||
クラブカラー | 赤・白・青 | |||
創設年 | 1924年 | |||
所属リーグ | プリメイラ・リーガ | |||
所属ディビジョン | 1部 | |||
ホームタウン | ブラガ県, バルセロス | |||
ホームスタジアム | エスタディオ・シダーデ・デ・バルセロス | |||
収容人数 | 12,504 | |||
代表者 | フランシスコ・ディアス・ダ・シルヴァ | |||
監督 | リカルド・ソアレス | |||
公式サイト | 公式サイト | |||
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ジル・ヴィセンテ・フトゥボル・クルービ (葡: Gil Vicente Futebol Clube, ポルトガル語発音: [ˈʒiɫ viˈsẽt(ɨ)])は、ポルトガル・バルセロスを本拠地とするサッカークラブである。通称ジル・ヴィセンテ (葡: Gil Vicente)。1924年設立。クラブ名称は16世紀に活躍した劇作家ジル・ヴィセンテに由来する。1999-2000シーズンにはプリメイラ・リーガ (1部) で過去最高位の5位となった。
歴史
バルセロスにはバルセロスSC(Barcelos Sporting Club)やウニオンFC・バルセロス(União Football Club Barcelense)などのクラブがあったが、1924年5月3日、劇作家のジル・ヴィセンテに由来する名の劇場近くで毎日午後にサッカーをしていた集団によりジル・ヴィセンテFB(Gil Vicente Football Barcelense)として設立。当初はトリウンフォSCが所有していたカンポ・ダ・エスタソンを使用していた。1933年5月3日にはカンポ・ダ・グランジャに5,012人の観客を集め、同地での初試合を行なった。1946年9月16日の試合中にキーパーのアデリーノ・リベイロ・ノヴォが倒れて死去し、カンポ・ダ・グランジャはノヴォの功績を称えてエスタディオ・アデリーノ・リベイロ・ノヴォに改名された。
1990年、プリメイラ・ディヴィゾン(1部)に初昇格した。1997年にはリーガ・デ・オンラ(2部)に降格したが、1998-99シーズンにはリーガ・デ・オンラで優勝してプリメイラ・リーガ[1]昇格を決めた。昇格初年度の1999-2000シーズンはかつてSLベンフィカでプレーしたアルヴァロ・マガリャンイス監督に導かれ、過去最高位の5位となった。2004-05シーズンからはエスタディオ・シダーデ・デ・バルセロスをホームスタジアムとし、アデリーノ・リベイロ・ノヴォは下部組織が使用している。シダーデ・デ・バルセロスは12,374人を収容する自治体所有のスタジアムであり、2006年にはUEFA U-21欧州選手権の開催地として2試合を行なった。セルビア・モンテネグロ対ドイツ戦はドイツが1-0で勝利し[2]、ポルトガル対セルビア・モンテネグロ戦はセルビア・モンテネグロが2-0で勝利した[3]。
2005-06シーズン中にはアンゴラ人フォワードのマテウスを出場させたが、マテウスは出場不可能な選手であり、クラブはセグンダ・リーガ降格処分を受けるとともに、2006-07シーズンの勝ち点を9減点された。これにより、本来なら降格するはずだったCFベレネンセスがプリメイラ・リーガ残留となった[4]。強制降格に加え、2006-07シーズンのタッサ・デ・ポルトガルの出場権を剥奪された[5]。ユース世代の2チームも影響を受け、それぞれリーグ戦を行なうことができなかった。2018-19シーズンは3部で戦っていたが、処分を巡る裁判が終了し嫌疑が晴れたため2019-20シーズンより特例でプリメイラに昇格した。
ユニフォームカラ―には様々な色を試している。当初のシャツは赤色であり、やがて緑色と白色の横縞となり、その後黄色と赤色(バルセロス市の色)となり、次に青色となった。近年は赤色と青色を交互に使用している。2010-11シーズンの最終節・CDファティマ戦ではクラブ新記録となる観客数を集めて3-1で勝利し、優勝してプリメイラ・リーガ昇格を決めた。この時の主力選手はウーゴ・ヴィエイラやゼ・ルイスなどだった。
タイトル
国内タイトル
- 優勝 (2): 1998–99, 2010–11
- 準優勝 (1): 2011–12
個人タイトル
- LPFPアワード セグンダ・リーガ最優秀監督賞
- 2010–11 : パウロ・アウヴェス
過去の成績
シーズン | リーグ | 順位 | 試 | 勝 | 分 | 敗 | 得 | 失 | 点 | タッサ・デ・ポルトガル | タッサ・ダ・リーガ | 備考 |
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1989–90 | セグンダ | 1位 | 34 | 22 | 5 | 7 | 51 | 25 | 49 | 5回戦敗退 | プリメイラ昇格 | |
1990–91 | プリメイラ | 13位 | 38 | 11 | 11 | 16 | 34 | 46 | 33 | 5回戦敗退 | ||
1991–92 | プリメイラ | 13位 | 34 | 11 | 7 | 16 | 26 | 42 | 29 | 準々決勝敗退 | ||
1992–93 | プリメイラ | 9位 | 34 | 12 | 7 | 15 | 34 | 42 | 31 | 4回戦敗退 | ||
1993–94 | プリメイラ | 10位 | 34 | 10 | 11 | 13 | 27 | 47 | 31 | 4回戦敗退 | ||
1994–95 | プリメイラ | 13位 | 34 | 7 | 13 | 14 | 30 | 40 | 27 | 4回戦敗退 | ||
1995–96 | プリメイラ | 12位 | 34 | 9 | 9 | 6 | 31 | 49 | 36 | 4回戦敗退 | ||
1996–97 | プリメイラ | 18位 | 34 | 4 | 7 | 23 | 29 | 74 | 19 | 4回戦敗退 | セグンダ降格 | |
1997–98 | セグンダ | 4位 | 34 | 16 | 12 | 6 | 44 | 23 | 60 | 準々決勝敗退 | ||
1998–99 | セグンダ | 1位 | 34 | 20 | 8 | 6 | 58 | 24 | 68 | 準々決勝敗退 | プリメイラ昇格 | |
1999-00 | プリメイラ | 5位 | 34 | 14 | 11 | 9 | 48 | 34 | 53 | 準々決勝敗退 | プリメイラ 過去最高位 | |
2000–01 | プリメイラ | 14位 | 34 | 10 | 7 | 17 | 34 | 41 | 37 | 準々決勝敗退 | ||
2001–02 | プリメイラ | 12位 | 34 | 10 | 8 | 16 | 42 | 56 | 38 | 4回戦敗退 | ||
2002–03 | プリメイラ | 8位 | 34 | 13 | 5 | 16 | 42 | 53 | 44 | 5回戦敗退 | ||
2003–04 | プリメイラ | 12位 | 34 | 10 | 10 | 14 | 43 | 40 | 40 | 4回戦敗退 | ||
2004–05 | プリメイラ | 13位 | 34 | 11 | 7 | 16 | 34 | 40 | 40 | 4回戦敗退 | ||
2005–06 | プリメイラ | 12位 | 34 | 11 | 7 | 16 | 37 | 42 | 40 | 4回戦敗退 | セグンダ降格(注1) | |
2006–07 | セグンダ | 12位 | 30 | 12 | 9 | 9 | 27 | 27 | 36 | 出場資格剥奪(注1) | 勝ち点9の減点処分(注1) | |
2007–08 | セグンダ | 4位 | 30 | 13 | 11 | 6 | 43 | 34 | 50 | 準々決勝敗退 | 1回戦敗退 | |
2008–09 | セグンダ | 9位 | 30 | 8 | 14 | 8 | 36 | 37 | 38 | 準々決勝敗退 | 2次リーグ敗退 | |
2009-10 | セグンダ | 10位 | 30 | 9 | 11 | 10 | 36 | 32 | 38 | 4回戦敗退 | 1次リーグ敗退 | |
2010-11 | セグンダ | 1位 | 30 | 15 | 10 | 5 | 55 | 38 | 55 | 3回戦敗退 | 2次リーグ敗退 | プリメイラ昇格 |
2011–12 | プリメイラ | 9位 | 30 | 8 | 10 | 12 | 31 | 42 | 34 | 3回戦敗退 | 準優勝 | |
2012–13 | プリメイラ | 13位 | 30 | 6 | 7 | 17 | 31 | 54 | 25 | 準々決勝敗退 | 2回戦敗退 | |
2013-14 | プリメイラ | 13位 | 30 | 8 | 7 | 15 | 23 | 37 | 31 | 5回戦敗退 | 3回戦敗退 | |
2014-15 | プリメイラ | 17位 | 34 | 4 | 11 | 19 | 25 | 60 | 23 | 準々決勝敗退 | 3回戦敗退 | |
2015-16 | セグンダ | 11位 | 46 | 16 | 14 | 16 | 58 | 56 | 62 | 準決勝敗退 | 1回戦敗退 | |
2016-17 | セグンダ | 13位 | 42 | 13 | 17 | 12 | 47 | 49 | 56 | 4回戦敗退 | 2回戦敗退 | |
2017-18 | セグンダ | 19位 | 38 | 8 | 12 | 18 | 29 | 45 | 36 | 2回戦敗退 | 2回戦敗退 | |
2018-19 | カンペオナート・デ・ポルトゥガル | 4位 | 34 | 22 | 4 | 8 | 65 | 30 | 70 | 2回戦敗退 | プリメイラ昇格(注2) | |
2019-20 | プリメイラ | 10位 | 34 | 11 | 10 | 13 | 40 | 44 | 43 | 4回戦敗退 | 3回戦敗退 | |
2020-21 | プリメイラ | 11位 | 34 | 11 | 6 | 17 | 33 | 42 | 39 | |||
2021-22 | プリメイラ | 5位 | 34 | 13 | 12 | 9 | 47 | 42 | 51 | 4回戦敗退 | 2回戦敗退 |
- (注1) 2005-06シーズンは本来なら残留圏内の12位で終えたが、シーズン中に出場不可能な選手を出場させたとして降格処分を受けた。2006-07シーズンは勝ち点9の減点処分となり、またタッサ・デ・ポルトガルの出場禁止処分も受けた。
- (注2) 上記の処分を巡る裁判が終了し嫌疑が晴れたため、特例でプリメイラに昇格した。
欧州の成績
シーズン | 大会 | ラウンド | 対戦相手 | ホーム | アウェー | 合計 | |
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2022-23 | UEFAヨーロッパカンファレンスリーグ | 予選3回戦 | リガ | 4-0 | 1-1 | 5-1 | |
プレーオフ | AZ | 1-2 | 0-4 | 1-6 |
現所属メンバー
- 2021年2月17日現在[6]
注:選手の国籍表記はFIFAの定めた代表資格ルールに基づく。
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歴代監督
- ジョゼ・マリア・フルタード 1974–1975
- ロドルフォ・レイス 1991–1992
- アントニオ・オリヴェイラ 1991–1992
- ヴィトール・オリヴェイラ 1992–1995
- ベルナルディーノ・ペドロート 1995–1996
- フェルナンド・フェスタス 1996–1997
- ディアマンティーノ・ミランダ 1997–1998
- エンリケ・ヌネス 1998
- アルヴァロ・マガリャンイス 1998–2000
- ルイス・カンポス 2000–2002
- ヴィトール・オリヴェイラ 2001–2003
- ルイス・カンポス 2003–2004.10
- ウリゼス・モライス 2004–2006
- パウロ・アウヴェス 2006–2008
- マヌエル・ゴメス 2008
- マヌエル・リベイロ 2008–2009 (暫定)
- ジョアン・エウゼビオ 2009
- ルイ・キンタ 2009–2010
- パウロ・アルヴェス (2010-2013)
- ジョアン・デ・デウス (2013-2014)
- ジョゼ・モタ (2014-2015)
- ナンディーニョ (2015-2016)
- パウロ・アルヴェス (2018)
- ナンディーニョ (2018-2019)
- ヴィトール・オリヴェイラ (2019-2020)
- ルイ・アウメイダ (2020)
- リカルド・ソアレス (2020-)
歴代所属選手
脚注
- ^ 1999年にプリメイラ・ディヴィゾンから名称変更
- ^ [1] UEFA.com
- ^ [2] UEFA.com
- ^ Esclarecimento FPF、2006年8月23日
- ^ Gil Vicente suspenso FPF、2006年8月25日
- ^ “Gil Vicente”. Foradejogo. 2015年3月30日閲覧。
外部リンク
- 公式ウェブサイト (ポルトガル語)
- ジル・ヴィセンテFC (gvfcoficial) - Facebook
- ジル・ヴィセンテFC (@gilvicente.fc) - Instagram
- ジル・ヴィセンテFC - YouTubeチャンネル
- クラブ紹介 Liga Portugal (ポルトガル語)
- クラブ紹介とメンバー紹介 ForaDeJogo (ポルトガル語)
- クラブ紹介とメンバー紹介 ZeroZero (ポルトガル語)
- クラブ紹介 TransferMarkt (英語)