スイッチヒッター
野球におけるスイッチヒッター (switch hitter) は左右両方の打席でバッティングを行う選手を指す[1]。
ボクシングで右構えと左構えの両方で自在に戦える選手(例えばマービン・ハグラー[2]、ナジーム・ハメド[3]、テレンス・クロフォード[4]など)もスイッチヒッターと呼ばれることがある。
概説
野球では、投手の利き腕に対し反対側の打席に立つ方が、「ピッチャーのリリースポイントが見やすい」「打つことが難しいカーブやスライダーなどの外に大きく逃げる変化球が来ない」「ピッチャーのすっぽ抜けたボールが体に向かってこないため恐怖を感じにくい」などの理由で有利である。
このためスイッチヒッターは、一般的には相手が右投手の場合は左打席に、左投手の場合は右打席に立つ。
このことは野球の黎明期から知られており、アメリカでは、左右両打席で打つ試みも、19世紀のころから行われていた。 最初のスイッチヒッターは1871年から1874年にかけてニューヨーク・ミューチュアルズなどでプレーしたボブ・ファーガソンに遡る。 相手が右投手の時は左打者中心、左投手の時は右打者中心の打線を組むプラトーン・システムを積極的に取り入れるチームが増えて以降、限られた人数のベンチ入り選手を有効活用するためにスイッチヒッターが重用されるようになり、出場機会を増やすために転向する選手が徐々に増えていった。さらに、50年代から60年代にスイッチヒッターの強打者ミッキー・マントルがヤンキースのスター選手として活躍した影響から、それ以降はパワーヒッターでもスイッチヒッターに転向する選手も出てきた。1940年代から徐々に増えていったスイッチヒッターは、1990年代前半にはメジャーリーグ全選手中で20%近くに達したが、その後は減少傾向にある[5] 。
日本でスイッチヒッターの存在を広く知らしめたのは、元巨人の柴田勲だといわれている。柴田の走力・打力・野球センスに惚れ込んでいた当時の巨人の川上監督が、ドジャース戦法といわれる機動力や小技を重視する野球を目指しており、ドジャースのスイッチヒッター・モーリー・ウィルスのような核弾頭にふさわしい男と考えたことから、スイッチヒッターに転向させたといわれている[6]。 その影響もあり、70年代から徐々にスイッチヒッターは増えていったが、日本の場合、足が速く長打力の無い右打ちの選手が、一塁に近いなどの理由で出塁に有利とされる左打ちをするためスイッチヒッターに転向するケースが多く、パワーヒッターがスイッチヒッターに挑戦するケースはあまり多くない。日本でもアメリカと同じく、80年代から90年代前半に増えたスイッチヒッターは減少傾向にあり、2018年8月時点では、育成枠を含めた現役選手中わずか2%の21人のみである[7]。
ルール上は、1打席の途中で左右を変えることもできる(例えば、はじめ右打席に立った後、相手投手が1球投げてから、その後左打席に変える等)。日本プロ野球では柿本実(中日)が1963年8月28日の対阪神戦の第1打席(投手は村山実)で1球ごとに打席を替え、6球目に三振したという例がある。ただし、柿本は通常は右打の選手であり、スイッチヒッターではない。
なお、柿本の例にもあるように、登録している打席と反対の打席に立つことはルール上問題ない。過去には対戦投手との兼ね合いで本来と違う打席に立つ場合(ロッテ時代のレロン・リーなど)や、シーズン中にスイッチヒッターに転向した場合(2008年の巨人・鈴木尚広など)、敬遠に対して抗議するため(2003年の西武アレックス・カブレラ)などがある。
スイッチヒッターは左右両方で打撃を行うため、バットスイングによる体のゆがみが悪化しにくくスポーツ障害を起こしにくいと言われている。そのため最近では本来の打席と反対の打席で打撃練習をすることがよく行われるようになっている。
2020年代のNPBにスイッチヒッターが少ない理由について、今浪隆博は「メリットが少ない」「メリットもあるがデメリットがメリットを上回る」とスイッチヒッターの有用性自体を否定している。その理由として「(スイッチヒッターは)左投手が苦手な人が多い。理由はこれしかない」と前置きしつつ「そもそもプロ野球選手になれるような左打者は左投手が苦手な人はほとんどいない」と実情を説明しており、戦力として通用するスイッチヒッターになるには右打者や左打者と比べて相当の練習量が必要な上に、スイッチヒッターになると得意な方の打席の打撃の感覚も狂いがちである点にも触れている[8]。
主なスイッチヒッター
MLB
現役選手
- エリック・アイバー
- エドゥアルド・エスコバー
- オジー・アルビーズ
- ディラン・カールソン ※左投げ
- ジェイマー・キャンデラリオ
- アズドルバル・カブレラ
- オズワルド・カブレラ
- ヨハン・カマルゴ
- ビクター・カラティーニ
- ヤズマニ・グランダル
- ロビー・グロスマン ※左投げ
- カルロス・サンタナ
- アンソニー・サンタンダー
- パブロ・サンドバル
- ケンリー・ジャンセン ※投手
- エリー・デラクルーズ
- マイケル・トグリア ※左投げ
- ジェイソン・ドミンゲス
- ジョナ・ハイム
- サム・ハガーティ
- イアン・ハップ
- ワンダー・フランコ
- ジュリクソン・プロファー
- パトリック・ベイリー
- ジョシュ・ベル
- ヘラルド・ペルドモ
- ホルヘ・ポランコ
- ケーテル・マルテ
- ヨアン・モンカダ
- アドリー・ラッチマン
- ホセ・ラミレス
- フランシスコ・リンドーア
- ブライアン・レイノルズ
- カル・ローリー
引退選手
- ロベルト・アロマー
- サンディー・アロマー・シニア
- ジョン・アンダーソン
- シーザー・イズトゥリス
- バーニー・ウィリアムス
- モーリー・ウィルス
- ウィリー・ウィルソン
- ムーキー・ウィルソン
- ランディ・ウィン
- ニール・ウォーカー
- カール・エバレット
- ルイス・カスティーヨ
- メルキー・カブレラ ※左投げ
- ケン・カミニティ
- カルロス・ギーエン
- オージー・ギャラン
- マックス・キャリー
- ジム・ギリアム
- トニー・クラーク
- キッド・グリーソン
- ココ・クリスプ
- アルフレド・グリフィン
- ホセ・クルーズ・ジュニア
- ドン・ケッシンジャー
- ビンス・コールマン
- リッパー・コリンズ
- グレッグ・ジェフリーズ
- ルーベン・シエラ
- テッド・シモンズ
- ウォリー・シャング
- レッド・ショーエンディーンスト
- チッパー・ジョーンズ
- ハワード・ジョンソン
- ケン・シングルトン
- ニック・スウィッシャー※左投げ
- J.T.スノー※左投げ(1998年までスイッチ)
- ジャスティン・スモーク※左投げ
- ベン・ゾブリスト
- オジー・スミス
- レジー・スミス
- ロイ・スモーリー
- デビッド・セギー※左投げ
- グレッグ・ゾーン
- レイ・ダーラム
- タック・ターナー- スイッチヒッター史上初の4割打者※左投げ
- トミー・タッカー
- ジョージ・デイヴィス
- チリ・デービス
- トム・デーリー
- マーク・テシェイラ
- ミッキー・テトルトン
- ギャリー・テンプルトン
- ウェス・パーカー
- ランス・バークマン※左投げ
- カルロス・バイエガ
- アンヘル・パガン
- ケビン・バス
- トニー・バナザード
- スタン・ハビアー
- ジェイソン・バリテック
- ホセ・バレンティン
- デイブ・バンクロフト
- シェーン・ビクトリーノ
- ホセ・ビスカイーノ
- オマー・ビスケル
- ホセ・ビドロ
- ドン・ビュフォード
- デューク・ファレル
- ボブ・ファーガソン - 史上初のスイッチヒッター
- デクスター・ファウラー
- ショーン・フィギンズ
- デーブ・フィリー
- トニー・フィリップス
- トニー・フェルナンデス
- ドニー・ブッシュ
- フランキー・フリッシュ
- ルー・ブルー
- チェイス・ヘッドリー
- クリフ・ペニントン
- カルロス・ベルトラン
- ネイフィ・ペレス
- テリー・ペンドルトン
- ラリー・ボーワ
- ホルヘ・ポサーダ
- ボビー・ボニーヤ
- デボン・ホワイト
- ロイ・ホワイト
- ウィリー・マギー
- マーク・マクレモア
- ゲイリー・マシューズ・ジュニア
- ビクター・マルティネス
- エディ・マレー
- ミッキー・マントル - スイッチヒッター史上初の三冠王獲得
- ビル・ミラー
- ケンドリス・モラレス
- ドミトリー・ヤング
- ジェド・ラウリー
- ジム・ラフィーバー
- クロード・リッチー
- ジョニー・レイ
- ホセ・レイエス
- ハロルド・レイノルズ
- ティム・レインズ
- ピート・ローズ
- ブライアン・ロバーツ
- ジミー・ロリンズ
スイッチヒッターのシーズン最高記録
- スイッチヒッターのシーズン最高打率(.418)
- タック・ターナー(フィラデルフィア・フィリーズ)(1894年)
- スイッチヒッターのシーズン最多本塁打(54本塁打)
- ミッキー・マントル(ニューヨーク・ヤンキース)(1961年)
- スイッチヒッターのシーズン最多打点(144打点)
- マーク・テシェイラ(テキサス・レンジャーズ)(2005年)
- スイッチヒッターのシーズン最多安打数(230安打)
- ピート・ローズ(シンシナティ・レッズ)(1973年)
- ウィリー・ウィルソン(カンザスシティ・ロイヤルズ)(1980年)
スイッチヒッターのタイトル獲得者
- 首位打者
- トミー・タッカー(1889年)
- ミッキー・マントル(1956年)
- ピート・ローズ(1968年、1969年、1973年)
- ウィリー・ウィルソン(1982年)
- ウィリー・マギー(1985年、1990年)
- ティム・レインズ(1986年)
- テリー・ペンドルトン(1991年)
- バーニー・ウィリアムズ(1998年)
- ビル・ミラー(2003年)
- チッパー・ジョーンズ(2008年)
- 本塁打王
- ミッキー・マントル(1955年、1956年、1958年、1960年)
- エディ・マレー(1981年)
- ハワード・ジョンソン(1991年)
- マーク・テシェイラ(2009年)
- 打点王
スイッチヒッター通算本塁打
- ミッキー・マントル(536本)
- エディ・マレー(504本)
- チッパー・ジョーンズ(468本)
- カルロス・ベルトラン(435本)
- マーク・テシェイラ(409本)
- ランス・バークマン(366本)
- チリ・デービス(350本)
- レジー・スミス(314本)
日本プロ野球
現役選手(NPB)
- 阿部和広
- アリスメンディ・アルカンタラ
- ソイロ・アルモンテ
- 植田海
- 加藤翔平
- 金子侑司 - 2016年に盗塁王のタイトルを獲得。
- フレディ・ガルビス
- マーウィン・ゴンザレス
- ジョセフ
- 田中和基 - 2018年パ・リーグ新人王
- 仲田慶介
- 西岡剛 - 日本人のスイッチヒッターおよび内野手としては初となるシーズン200本安打を達成し、史上4人目となるスイッチヒッターでの首位打者かつ史上4人目の全試合フルイニング出場首位打者となり、最多安打のタイトルも獲得。
- アレン・ハンソン
- 舟越秀虎
- 三嶋一輝 ※投手
- 若林晃弘
元スイッチヒッターの現役選手
主な引退選手(NPB)
- 大島公一
- 木村拓也
- 金城龍彦
- 柴田勲 - スイッチヒッターでは初となるNPB通算2000安打を記録。
- 正田耕三
- 白井一幸
- スティーブ・オンティベロス
- フェルナンド・セギノール - 左右打席本塁打通算9回のNPB記録を持つ。
- 高橋慶彦
- オレステス・デストラーデ
- 西村徳文
- トニー・バナザード
- 平野謙
- ドゥエイン・ホージー
- 堀尾文人 - 日本球界初のスイッチヒッター。
- 松井稼頭央 - スイッチヒッターでは唯一のトリプルスリー、日本人スイッチヒッターでは唯一のシーズン30本塁打を記録。
- 松永浩美 - 日本人選手では初めての左右打席本塁打、スイッチヒッターでは初となるNPB通算200本塁打を記録。
- 屋鋪要
- 山崎隆造
- 杉谷拳士-令和初の左右打席本塁打達成。
スイッチヒッターのシーズン最高記録(NPB)
- スイッチヒッターのシーズン最高打率(.346)
- 金城龍彦(横浜)(2000年)
- スイッチヒッターのシーズン最多本塁打(44本塁打)
- フェルナンド・セギノール(日本ハム)(2004年)
- スイッチヒッターのシーズン最多打点(108打点)
- フェルナンド・セギノール(日本ハム)(2004年)
- スイッチヒッターのシーズン最多安打数(206安打)
- 西岡剛(ロッテ)(2010年)
スイッチヒッターのタイトル獲得者(NPB)
- 首位打者
- 正田耕三(広島)(1987年・1988年)
- 西村徳文(ロッテ)(1990年)
- 金城龍彦(横浜)(2000年)
- 西岡剛(ロッテ)(2010年)
- 本塁打王
- 打点王
- オレステス・デストラーデ(西武)(1990年、1991年)
- 最多安打
- スティーブ・オンティベロス(西武)(1983年)
- 松井稼頭央(西武)(1999年、2002年)
- 西岡剛(ロッテ)(2010年)
- 最高出塁率
- スティーブ・オンティベロス(西武)(1983年、1984年)
- 松永浩美(オリックス)(1989年)
- 白井一幸(日本ハム)(1991年)
韓国プロ野球
現役選手(KBO)
引退選手(KBO)
スイッチヒッターのタイトル獲得者(KBO)
- 首位打者
- 朴鍾皓(現代ユニコーンズ、2000年)
- 最高出塁率
- フェリックス・ホセ(ロッテ・ジャイアンツ、2000年)
キューバ国内リーグ
現役選手(SNB)
フィクション
- アントニオ・アルバレス - 『雷神〜RISING〜』
- 泉孝介 - 『おおきく振りかぶって』
- 今岡忍 - 『ROOKIES』
- ジョー・ギブソンJr. - 『MAJOR』
- 木村準 - 『鳳ボンバー』
- 倉持洋一 - 『ダイヤのA』
- 田村達郎 - 『名門!第三野球部』
- 友沢亮 - 『実況パワフルプロ野球』
- 野中ゆたか - 『風光る』(スイッチピッチャーでもある)
- ジャック時田 - 『男どアホウ甲子園』
- 国定忠治 - 『ドカベン』
- 笠原怜斗 - 『あの月に向かって打て!』
脚注
- ^ “米国と比べて日本でスイッチヒッターが少ない理由は? 目から鱗の両打ちの歴史”. Full-Count (2020年7月22日). 2021年1月28日閲覧。
- ^ “ミドル級の帝王 ハグラー死す 80年代に黄金の中量級”. ボクシングニュース (2021年3月14日). 2023年8月11日閲覧。
- ^ “On This Day: Naseem Hamed suffered his first career knockdown against Daniel Alicea”. Boxing News (2016年6月8日). 2023年9月15日閲覧。
- ^ “クロフォードがアバネシアンを6回KO 10連続ストップ勝ちでWBOウェルター級V6”. ボクシングニュース (2022年12月11日). 2023年8月11日閲覧。
- ^ The Rise and Fall of the Switch Hitter
- ^ 柴田勲: 巨人軍選手名鑑
- ^ MLBとNPBを大きく分けるスイッチヒッターの存在NPBではわずか2%…
- ^ プロ野球にスイッチヒッターが少ない意外な理由 今浪隆博のスポーツメンタルTV 2024/02/09 (2024年2月14日閲覧)