トッド・ウッドブリッジ
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基本情報 | |||||||||||||
フルネーム | Todd Andrew Woodbridge | ||||||||||||
愛称 | ウッディーズ | ||||||||||||
国籍 | ![]() | ||||||||||||
出身地 | 同・シドニー | ||||||||||||
生年月日 | 1971年4月2日(53歳) | ||||||||||||
身長 | 177cm | ||||||||||||
体重 | 75kg | ||||||||||||
利き手 | 右 | ||||||||||||
バックハンド | 片手打ち | ||||||||||||
殿堂入り | 2010年 | ||||||||||||
ツアー経歴 | |||||||||||||
デビュー年 | 1988年 | ||||||||||||
引退年 | 2005年 | ||||||||||||
ツアー通算 | 85勝 | ||||||||||||
シングルス | 2勝 | ||||||||||||
ダブルス | 83勝 | ||||||||||||
生涯通算成績 | 1026勝496敗 | ||||||||||||
シングルス | 244勝236敗 | ||||||||||||
ダブルス | 782勝260敗 | ||||||||||||
生涯獲得賞金 | US$10,095,245 | ||||||||||||
4大大会最高成績・シングルス | |||||||||||||
全豪 | 4回戦(1991・98) | ||||||||||||
全仏 | 3回戦(1992・96・98) | ||||||||||||
全英 | ベスト4(1997) | ||||||||||||
全米 | 3回戦(1991・94・95) | ||||||||||||
4大大会最高成績・ダブルス | |||||||||||||
全豪 | 優勝(1992・97・2001) | ||||||||||||
全仏 | 優勝(2000) | ||||||||||||
全英 |
優勝(1993-97・2000・ 02-04) | ||||||||||||
全米 | 優勝(1995・96・2003) | ||||||||||||
優勝回数 | 16(豪3・仏1・英9・米3) | ||||||||||||
4大大会最高成績・混合ダブルス | |||||||||||||
全豪 | 優勝(1993) | ||||||||||||
全仏 | 優勝(1992) | ||||||||||||
全英 | 優勝(1994) | ||||||||||||
全米 | 優勝(1990・93・2001) | ||||||||||||
優勝回数 | 6(豪1・仏1・英1・米3) | ||||||||||||
国別対抗戦最高成績 | |||||||||||||
デビス杯 | 優勝(1999・2003) | ||||||||||||
キャリア自己最高ランキング | |||||||||||||
シングルス | 19位 | ||||||||||||
ダブルス | 1位 | ||||||||||||
獲得メダル | |||||||||||||
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トッド・ウッドブリッジ(Todd Woodbridge, 1971年4月2日 - )は、オーストラリア・シドニー市出身の男子プロテニス選手。身長177cm、体重75kg、右利き。フルネームは Todd Andrew Woodbridge (トッド・アンドリュー・ウッドブリッジ)。自己最高ランキングはシングルス19位、ダブルス1位。ATPツアーでシングルス2勝、ダブルス83勝。
長年にわたり、ダブルスの名手として活躍した。とりわけ、同じオーストラリアのマーク・ウッドフォードとのペアで無敵の強さを発揮したが、この2人は姓がよく似ていることから「ウッディーズ」(Woodies)と呼ばれた。
グランドスラム合計優勝数23回は歴代3位タイ記録。グランドスラムダブルス優勝数16回は歴代2位タイ記録(オープン化以降1位タイ記録)。ペアでの優勝数11回は歴代3位記録(オープン化以降2位)。
ウッディーズ
1988年にプロ入り。最初期のウッドブリッジのダブルス・パートナーは、同じオーストラリアのジェイソン・ストルテンバーグと組むことが多かったが、1991年から6歳年上のマーク・ウッドフォードと本格的にペアを組み、世界的な活動を始める。この年は日本の「サントリー・ジャパン・オープン」男子ダブルスで、ステファン・エドベリとペアを組んだ優勝もあった。1992年にウッドフォードとのペアで全豪オープン男子ダブルスに初優勝を飾り、1993年から1997年までウィンブルドン男子ダブルス5連覇を達成した。この頃から、2人のペアは「ウッディーズ」と呼ばれるようになる。
2人はウィンブルドン5連覇の期間中に、1995年と1996年の全米オープン男子ダブルスで2連覇を飾り、1997年には地元の全豪オープンで5年ぶり2度目の優勝を果たす。また、1996年アトランタ五輪のオーストラリア代表選手として、ウッドフォードとのペアで金メダルを獲得したが、この決勝ではイギリス代表のティム・ヘンマンとニール・ブロードの組を圧倒している。しかし、1998年のウィンブルドン・ダブルス決勝ではオランダの強豪ペア、ヤッコ・エルティンとポール・ハーフースの組に「4時間5分」の激戦の末 6-2, 4-6, 6-7, 7-5, 8-10 で敗れ、6連覇はならなかった。
シングルスでのウッドブリッジは、1995年5月にアメリカ・フロリダ州「コーラルスプリングス」大会の決勝でグレグ・ルーゼドスキーを破って初優勝を遂げた。それから1997年初頭のオーストラリア・男子ハードコート選手権で2勝目を挙げたが、彼のシングルス優勝はこの2つのみで、準優勝が7つあった。最後のシングルス決勝は、1997年2月にテネシー州メンフィスの大会の決勝でマイケル・チャンに敗れた準優勝である。この年はウィンブルドンの男子シングルスで自己最高のベスト4に入り、準決勝でピート・サンプラスに 2-6, 1-6, 6-7 のストレートで敗れた。これ以後、ウッドブリッジはシングルスでの活躍は少なかった。
2000年に入り、ウッドブリッジとウッドフォードの組は全仏オープン男子ダブルスで初優勝を飾り、これで男子ダブルスの同一ペアとして「キャリア・グランドスラム」を達成した。2人は全仏オープンはあまり得意ではなく、初めての決勝戦は1997年でエフゲニー・カフェルニコフとダニエル・バチェク(チェコ)の組に敗れていた。この全仏優勝で、2人はペアとして通算「58勝目」に到達し、それまでジョン・マッケンロー&ピーター・フレミング組(ともにアメリカ)が持っていた「57勝」の歴代1位記録を更新した。続いてウィンブルドンでも3年ぶり2度目の優勝を果たし、オランダのハーフースとオーストラリアのサンドン・ストール(往年の名選手フレッド・ストールの息子)の組を破った。しかし、この年に地元で開催されたシドニー五輪の男子ダブルス決勝で、2人はカナダ代表のダニエル・ネスターとセバスチャン・ラルーの組に 7-5, 3-6, 4-6, 6-7 で敗れ、2大会連続の金メダルを逃した。35歳になったウッドフォードは2000年のシーズンを最後に現役を引退したが、最後の年にも全仏オープンとウィンブルドンを含めて、ダブルスで年間8勝を記録している。
「ウッディーズ」のダブルスは、ほぼ10年間に及んだ活動期間中に男子ツアー大会のダブルスで「61勝」(うち4大大会男子ダブルス通算11勝)を挙げ、同一ペアによる男子ダブルス優勝の1位記録であったが、2010年にボブとマイクのブライアン兄弟に更新されている。
男子テニス国別対抗戦・デビスカップでも、2人はデ杯オーストラリア・チームの「ダブルス最多勝利ペア」(Best Doubles Team)の記録を残している。
その後
ウッドフォードの引退後、ウッドブリッジはスウェーデンのヨナス・ビョルクマンとペアを組み、直ちに2001年の全豪オープン男子ダブルスで優勝する。これはウッドブリッジにとって4年ぶり3度目の全豪優勝であった。2002年から2004年にかけて、今度はビョルクマンとのペアで再びウィンブルドン男子ダブルス3連覇を成し遂げ、ウッドブリッジのウィンブルドン・ダブルス優勝は「9勝」となった。このペアは2003年の全米オープンでも優勝し、ウッドブリッジには7年ぶり3度目の全米ダブルス優勝となる。ビョルクマンとのペアでは4大大会男子ダブルスで「5勝」を挙げ、こうしてウッドブリッジは4大大会ダブルスで総計「16勝」の記録を残した。(ウッドフォードと11勝、ビョルクマンと5勝)
しかし2005年に入ると、ウッドブリッジはインドのマヘシュ・ブパシとペアを組みながらも早期敗退が多くなる。ブパシと組んだ2005年のウィンブルドンで、2回戦でステファン・フース(オーストラリア)とウェスリー・ムーディ(南アフリカ)の組に 3-6, 6-7, 3-6 のストレートで敗れ、同選手権で10度目の優勝を逃す。この試合を最後に、ウッドブリッジは34歳で現役を引退した。
2010年、ウッドブリッジはウッドフォードと一緒に国際テニス殿堂入りを果たした。
ダブルス: 114 (83タイトル–31準優勝)
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4大大会ダブルス優勝
- 全豪オープン 男子ダブルス:3勝(1992年・1997年 → 2001年)/混合ダブルス:1勝(1993年)
- 全仏オープン 男子ダブルス:1勝(2000年)/混合ダブルス:1勝(1992年)
- ウィンブルドン 男子ダブルス:9勝(1993年-1997年・2000年 → 2002年-2004年)/混合ダブルス:1勝(1994年) [大会5連覇と3連覇を含む]
- 全米オープン 男子ダブルス:3勝(1995年・1996年 → 2003年)/混合ダブルス:3勝(1990年・1993年・2001年)
男子ダブルスの4冠達成ペア
- フランク・セッジマン&ケン・マグレガー (ともにオーストラリア、1951年に唯一の「年間グランドスラム」)
- ケン・ローズウォール&ルー・ホード (ともにオーストラリア、1953年 → 1956年)
- ロイ・エマーソン&ニール・フレーザー (ともにオーストラリア、1959年 → 1962年)
- ジョン・ニューカム&トニー・ローチ (ともにオーストラリア、1965年 → 1967年)
- マーク・ウッドフォード&トッド・ウッドブリッジ (ともにオーストラリア、1992年 → 2000年)
- ヤッコ・エルティン&ポール・ハーフース (ともにオランダ、1994年 → 1998年)
- ボブ・ブライアン&マイク・ブライアン (ともにアメリカ、2003年 → 2006年)
ダブルス成績
※マーク・ウッドフォードとのペアの成績はウッディーズを参照。
グランドスラム
大会 | 1988 | 1989 | 1990 | 1991 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | SR | W–L |
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全豪オープン | 1R | 1R | 3R | SF | W | 1R | QF | 3R | 1R | W | F | SF | SF | W | 2R | QF | SF | QF | 3 / 18 | 53–14 |
全仏オープン | 3R | A | QF | 3R | 3R | SF | QF | 1R | SF | F | 3R | 1R | W | QF | QF | 2R | 3R | 1R | 1 / 17 | 42–16 |
ウィンブルドン | 1R | LQ | QF | QF | SF | W | W | W | W | W | F | QF | W | 3R | W | W | W | 2R | 9 / 17 | 73–8 |
全米オープン | 1R | 1R | 2R | SF | SF | 3R | F | W | W | 1R | 3R | QF | 2R | 3R | SF | W | 3R | A | 3 / 17 | 47–14 |
勝-負 | 2–4 | 0–2 | 9–3 | 13–4 | 16–3 | 12–3 | 16–3 | 14–2 | 16–2 | 17–2 | 14–4 | 9–4 | 17–2 | 13–3 | 14–3 | 15–2 | 14–3 | 4–3 | 16 / 69 | 215–52 |
年間最終戦
大会 | 1988 | 1989 | 1990 | 1991 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | SR | W–L |
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テニス・マスターズ・カップ | A | A | A | SF | W | F | F | SF | W | RR | RR | SF | A | A | NH | RR | SF | A | 2 / 11 | 29–16 |
オリンピック
大会 | 1992 | 1996 | 2000 | 2004 | SR | W–L |
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オリンピック | 2R | W | F | 2R | 1 / 4 | 10–3 |
マスターズ・シリーズ
大会 | 1988 | 1989 | 1990 | 1991 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | SR | W–L |
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インディアンウェルズ | Not MS Events Before 1990 | A | A | QF | A | QF | SF | W | SF | 2R | 2R | QF | F | SF | SF | 1R | 1R | 1 / 13 | 20–12 | |
マイアミ | A | A | A | A | 3R | W | W | W | 2R | 3R | W | F | 2R | QF | F | QF | 4 / 12 | 34–8 | ||
モンテカルロ | A | A | A | A | A | A | A | A | F | A | A | W | W | 2R | QF | A | 2 / 5 | 14–3 | ||
ローマ | A | 1R | 1R | A | A | A | A | 1R | 1R | A | A | A | A | A | SF | SF | 0 / 6 | 3–6 | ||
ハンブルク | A | A | A | A | A | A | A | A | A | A | W | W | F | QF | SF | QF | 2 / 6 | 17–4 | ||
カナダ | A | A | A | A | 1R | A | QF | A | A | 1R | A | 2R | A | F | A | A | 0 / 5 | 5–5 | ||
シンシナティ | QF | 1R | W | A | SF | W | QF | W | QF | F | W | SF | A | QF | F | A | 4 / 13 | 33–9 | ||
マドリード | 1R | 1R | W | W | W | SF | QF | W | QF | SF | A | A | SF | QF | A | A | 4 / 12 | 22–8 | ||
パリ | QF | QF | 2R | QF | SF | SF | SF | 2R | QF | QF | A | QF | SF | SF | W | A | 1 / 14 | 21–13 | ||
Win–Loss | N/A | 4–3 | 1–4 | 9–3 | 5–1 | 9–5 | 13–3 | 14–4 | 15–3 | 6–7 | 8–6 | 17–1 | 22–5 | 15–5 | 12–8 | 15–6 | 4–4 | 18 / 86 | 169–68 |
最終ランキング
1988 | 1989 | 1990 | 1991 | 1992 | 1993 | 1994 | 1995 | 1996 | 1997 | 1998 | 1999 | 2000 | 2001 | 2002 | 2003 | 2004 | 2005 | |
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順位 | 89 | 181 | 25 | 7 | 2 | 3 | 5 | 1 | 1 | 1 | 5 | 8 | 2 | 2 | 5 | 5 | 6 | 39 |
外部リンク
- トッド・ウッドブリッジ - 国際テニス殿堂のプロフィール
- トッド・ウッドブリッジ - ATPツアーのプロフィール
- トッド・ウッドブリッジ - デビスカップのプロフィール
- トッド・ウッドブリッジ - 国際テニス連盟
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