ビスマルク諸島

ビスマルク諸島

ビスマルク諸島(ビスマルクしょとう、ドイツ語: Bismarck-Archipel)は、太平洋ニューギニア島沖にあるパプアニューギニア領の諸島。名前はドイツの宰相オットー・フォン・ビスマルクにちなむ。多くは火山島である。

地理

パプアニューギニアの地方行政区画
(ビスマルク諸島は主に 9、12、4、18)

ビスマルク諸島はビスマルク海を取り囲んでいる。主な島を州ごとに示すと以下のとおり。

歴史

1615年から1616年にかけてスホーテン英語版が航海したルート。史上初めてホーン岬まわりで太平洋を横断し、航海の最終盤にビスマルク諸島に至っている。

ビスマルク諸島の先住民はラピタ人(Lapita)である。

ヨーロッパ人で最初にこの諸島を発見したのはオランダ人航海者のウィレム・スホーテン 〈Willem Cornelisz Schouten〉英語版で、1616年のことである。しかし、1884年にドイツ領になるまでヨーロッパ人は住んでいなかった。

第一次世界大戦が勃発すると、1914年にオーストラリア軍が占領した。その後オーストラリアの委任統治領となり、途中第二次世界大戦での日本軍による占領をはさみ、1975年のパプアニューギニアの独立までオーストラリアの統治下にあった。

なお、第二次世界大戦中の1943年に日本国内で発行された国民学校初等科6年生向けの教科書「初等科国語 七」において、美しい島々に住む心優しき住民、ラバウルの大きな港などが紹介されている。