北朝鮮向けビラ
北朝鮮向けビラ(きたちょうせんむけびら)は、大韓民国の拉致被害者家族会や自由北朝鮮運動連合などが朝鮮民主主義人民共和国に向けて風船などで散布しているビラである[1]。古くは朝鮮戦争時から行われている[2]。
活動
2003年からは、自由北朝鮮運動連合をはじめとする脱北者関連の民間団体が毎年200万–300万枚のビニール製のビラを水素ガスでふくらませた12–15メートルの大型のビニール風船に吊るし北朝鮮に飛ばしている[3]。大部分は黄海道や江原道に落下するが、気象条件により平壌よりも先へ飛んでいくこともある[3]。
ビラの内容は朝鮮戦争は北朝鮮の南侵だったことなどの真実や金一家の私生活など北朝鮮体制批判、韓国の発展した状況やいわゆるアラブの春で独裁政権が倒れたことなどを文・絵で暴露するものなどが多く、2008年4月からはアメリカドルや人民元や朝鮮民主主義人民共和国ウォン(5000ウォン紙幣)などの現金や、韓国ドラマが収録されているUSBメモリやDVDなどを同封している[3]。団体によってはGPS・ラジオ・靴下・手袋・ボールペンといった生活必需品や、アスピリン・バンドエイドなどの医薬品[4]、聖書[5]を送ることもあるという。
反応
2008年10月2日には北朝鮮は、「ビラまきを中断しなければ、開城工業団地事業に否定的な影響が及ぶだろう」と脅迫した[1]。11月19日には韓国統一部や警察庁などの垣根を越え「北朝鮮向けビラの散布」を取り締まる決定がされた[6]。
2008年11月20日の朝鮮日報は「政府が民間団体を説得して自制を促すのが、現時点としては最善の方法に違いない」と報じた[1]。12月2日には拉致被害者の送還を要求するビラを飛ばそうとしていた拉致被害者家族会などの反北朝鮮団体と、南北関係に問題を起こすビラ飛ばしを中断せよとして妨害しようとする韓国進歩連帯や全国女性連帯などの左派団体のメンバーの間で激しい小競り合いが起きた。これに対して国民行動本部など450以上の保守系団体がビラまきへの支援を表明した[7]。北朝鮮では軍人たちを動員して「ビラとの戦い」を繰り広げている[8]。北朝鮮当局はビラを自ら拾わずに落下した場所を保衛部などに届け出るよう指示している[8]。ビラを見たと触れ回った農民は国家安全保衛部に連行され8年間の労働教化刑に処せられている[8]。
2011年、この活動を主導する活動家の一人を、北朝鮮の工作員が暗殺しようとする事件が発生した。この工作員は韓国当局に身柄を拘束され、所持品を押収された。その押収品の中には、毒針が仕込まれたペン、弾丸を発射できるペンや懐中電灯といった暗殺道具があった[9]。
2014年10月10日、ビラを載せた風船を飛ばしたところ、北朝鮮が14.5ミリ対空機関銃を10発ほど発射し、銃弾が韓国側に届いたために韓国軍が対応射撃を実施、南北で銃撃戦が発生した。韓国軍は、珍島犬1号を発令した。北朝鮮の銃撃は、ビラを載せた風船を狙ったものと韓国軍は推測している。現場となった漣川郡の住民の一部は、北朝鮮を刺激する対北ビラの散布を自制してほしいと要望している[10][11]。
2014年10月23日、北朝鮮の祖国平和統一委員会は「ビラ散布が強行されれば、南北関係は回復不能の破局に直面する」と警告している[12]。
2020年5月31日、従前のように金正恩を批判するビラを風船で打ち上げたところ、北朝鮮当局(金与正)が激しく反発。韓国政府当局に対してもビラ散布を放置していたとして激しい非難を加えた。北朝鮮側は、同年6月16日、報復として開城市の南北共同連絡事務所を爆破した[13]。
2020年12月2日、与党共に民主党は、北朝鮮に向けたビラ散布を禁止するいわゆる「対北朝鮮ビラ禁止法」を、野党が「金与正下命法」と反発するなか国会外交統一委員会で単独採決を行い[14]、14日の本会議で強行採決され成立した。これに対して、アメリカや日本など国際社会は懸念を示している[15]。2021年3月30日、アメリカ国務省は人権状況に関する2020年版の年次報告書で、韓国の重大な人権問題の一つとして「北朝鮮に向けたビラ散布の違法化を含む表現の自由の制限」を挙げた[16]。
2023年9月26日、憲法裁判所はビラ禁止法について「表現の自由を過度に制限する」として違憲との判断を示した。憲法裁の判断を受けて効力を失う[17]。
民主党との売国論争
2008年11月26日、民主党は報道官を通して北朝鮮向けビラまきについて「自由北韓運動連合(脱北者の組織)の会員らは韓国で温かく迎え入れられた人たちだ。彼らは保守団体とは言えない売国団体だ。韓国でこのようなとんでもない行為を続けさせ、問題を大きくさせるために温かく迎え入れたわけではない。当事者たちは国民の意向を受け入れ、ビラまきを自ら中止すべきだ」などの声明を出した[18]。11月28日、これに対して、脱北者達は民主党報道官を名誉毀損で告訴した。12月1日、民主党報道官は「ビラのばらまきをやめない限り、自由北韓運動連合で活動する一部の脱北者たちは売国奴という批判を免れないだろう」などと重ねて述べた。自由北韓運動連合は「常に金正日の側についてきた崔宰誠(報道官)と民主党こそ、天下に名をとどろかせる売国集団だ」などと声明を出した[19]。
金正日誕生日ビラ散布
2009年2月16日、韓国政府の度重なる自制要請にもかかわらず、拉北者家族会と自由北韓運動連合は金正日の誕生日に合わせて北朝鮮に向けてビラ2万枚と北朝鮮の5000ウォン紙幣20枚を入れた巨大風船2個を飛ばした[20]。拉北者家族会の崔成竜(チェ・ソンヨン)代表は「拉北者らが高齢で、年内に死亡するかもしれない危機に置かれているだけに、北朝鮮が赤十字会談だけでも受け入れれば、直ちにビラの散布を中断する」と述べた[20]。
脚注
- ^ a b c 【社説】対北ビラ散布、ガス管理法で取り締まり!? 朝鮮日報 2008/11/20
- ^ “中国が報じる北朝鮮と韓国のビラ戦争70年史 約束を破っているのは韓国?(1/2)”. コリアワールドタイムズ. (2020年6月25日) 2020年8月29日閲覧。
- ^ a b c ビラ問題:年間300万枚、金総書記の「真実」伝える 北朝鮮向けビラの実態 朝鮮日報 2008/11/20
- ^ 情報のオアシス対北風船の全てデイリーNK
- ^ 北朝鮮に大型風船で聖書送る 韓国の宣教団体共同通信
- ^ ビラ問題:民間団体、北に向け10万枚散布を強行 脱北者関連団体「北朝鮮拉致被害者を送還せよ」 朝鮮日報 2008/11/21
- ^ 北向けビラまきめぐり衝突、ガス銃も登場(上)反北朝鮮団体「今日も飛ばす」 朝鮮日報 2008/12/03
- ^ a b c 北朝鮮、軍人動員し「ビラとの戦い」 朝鮮日報 2008/12/03
- ^ “北朝鮮の「暗殺道具」、韓国当局者がCNNに公開”. CNN. (2012年11月16日) 2014年6月1日閲覧。
- ^ “北朝鮮、体制批判ビラ風船に発砲…4年ぶり前方交戦”. 中央日報. (2014年10月11日) 2014年10月11日閲覧。
- ^ 東岡徹 (2014年10月11日). “北朝鮮軍が韓国に向け対空機関銃発射 ビラ散布に反発か”. 朝日新聞 2014年10月11日閲覧。
- ^ “ビラ散布強行なら関係破局=韓国政府は計画阻止を-北朝鮮”. 時事通信社. (2014年10月23日) 2014年10月24日閲覧。
- ^ “金与正氏、宣言通り南北事務所爆破…「跡形もなく」警告からわずか3日、背景にある“Wショック””. スポニチ (2020年6月17日). 2020年6月15日閲覧。
- ^ 北朝鮮批判のビラ散布禁止法 与党単独で可決=韓国国会委 朝鮮日報 2020/12/02
- ^ 米議会・専門家、対北朝鮮ビラ法を批判「韓国、本当に民主主義なのか」 中央日報 2020/12/16
- ^ 北朝鮮へのビラ散布禁止 米報告書の指摘に反論=韓国政府 聯合ニュース 2021/3/31
- ^ “対北ビラ禁止法は「表現の自由」に抵触し違憲 文前政権の措置に韓国憲法裁がノー”. 産経新聞. (2023年9月26日) 2023年9月30日閲覧。
- ^ 「北朝鮮向けビラまき団体は売国団体」 朝鮮日報 2008/11/27
- ^ 崔宰誠議員vs脱北者団体の「売国奴」論争 朝鮮日報 2008/12/02
- ^ a b 金総書の記誕生に散布したビラ、北に届かず 中央日報2009.02.17