岐阜

岐阜(ぎふ)

岐阜の歴史

永禄10年(1567年)稲葉山城の戦い織田信長が勝利。織田信長が稲葉山城(のちの岐阜城)を占領する。

  岐阜という名前をつける

永禄11年(1568年)武田信玄の使者に鵜飼を見せ接待する。織田信長を自ら選んで土産として渡しした。

慶長5年1600年関ヶ原の戦い石田光成徳川家康徳川家康が勝利した。

元和元年(1615年)大阪の軍の帰途、岐阜へ逗留した徳川家康徳川秀忠親子が鵜飼を見物した。徳川家康はことのほかご機嫌で 鮎鮨食べたことで幕府とのつながりが強くなり 幕府直轄となった。

元和5年(1619年)長良川は尾張藩の支配となり、岐阜もその所領となった。

県名の成り立ち

稲葉山城(のちの岐阜城)の支配下にいた織田信長禅僧沢彦宗恩にいい県名がないか考案を命じた。沢彦宗恩中国の故事の 岐山、岐陽、曲阜の県名を織田信長推薦しました。織田信長は、岐山、岐陽、の「岐」と曲阜、の「阜」を組み合わせ、「岐阜」が誕生したとされている。

岐阜の市町村(あいうえお順)

関連項目