怪物 (2023年の映画)

怪物
Monster
監督 是枝裕和
脚本 坂元裕二
製作 川村元気
山田兼司
伴瀬萌
伊藤太一
田口聖
製作総指揮 臼井央
出演者 安藤サクラ
永山瑛太
黒川想矢
柊木陽太
高畑充希
角田晃広
中村獅童
田中裕子
音楽 坂本龍一
撮影 近藤龍人
制作会社 AOI Pro.
製作会社 「怪物」製作委員会
配給 東宝
ギャガ
公開
上映時間 126分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
興行収入 21.5億円[3]
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怪物』(かいぶつ)は、2023年日本映画。監督は是枝裕和、脚本は坂元裕二[4]。主演は安藤サクラ永山瑛太黒川想矢柊木陽太[5]第76回カンヌ国際映画祭において、脚本賞[6]クィア・パルム賞[7]を受賞した。

音楽を担当している坂本龍一は公開前の2023年3月に死去したため[8]、本作が遺作となった。

あらすじ

大きな湖のある街で起きた雑居ビル火災に始まり、物語は3人の視点で描かれる。

シングルマザーの麦野沙織は、息子の麦野湊(みなと)と一緒に消火活動を自宅から眺めていると、不意に彼から「豚の脳を移植した人間は?人間?豚?」と問われる。その後、息子の身の回りで不審な出来事が相次ぐ。

いじめや教師からの暴力を疑った沙織は小学校へ通い詰め、湊の担任である保利道敏や校長らを問いただす。このとき沙織は、他の教員から、校長が最近孫を事故で亡くしたことを知らされる。

一方で保利は、湊が星川依里(より)をいじめているのではないかと疑念を抱いていた。依里の父である星川清高の自宅を訪ねると、「あれは化け物。人間ではない、豚の脳が入っている」と告げられた。しかし最終的には沙織に追い詰められ、依願退職せざるを得なくなる。

湊は、たまたま教室の片付けで一緒になった依里と親しくなる。依里が見つけたという、廃トンネルの先にある捨てられた鉄道車両を二人だけの秘密基地にして、生まれ変わる瞬間という「ビッグランチ(ビッグクランチ誤用)」を迎える準備を進める。

二人っきりで過ごす日々が続いたある日。依里から転校するという事実を告げられ、湊はショックを受ける。

それから何か月もたった、ある日。台風が迫る中で、湊は何日も姿を見せない依里を連れ出し、家を飛び出す。残された作文から真相を悟った保利は、早織と共に後を追った。

キャスト

麦野早織(むぎの さおり)
演 - 安藤サクラ[9]
シングルマザー。
保利道敏(ほり みちとし)
演 - 永山瑛太[9]
湊、依里の担任教師。
麦野湊(むぎの みなと)
演 - 黒川想矢[9](幼少期・黒川晏慈)
早織の息子。小学5年生。
星川依里(ほしかわ より)
演 - 柊木陽太[9]
湊の同級生。小学5年生。
品川友行
演 - 黒田大輔[10]
小学校の学年主任。
神崎信次
演 - 森岡龍[11]
湊が2年生の時の担任教師。
八島万里子
演 - 北浦愛[12]
保利の同僚の教師。
蒲田大翔
演 - 小林空叶[13]
湊、依里の同級生。
広橋岳
演 - 柳下晃河[14]
湊、依里の同級生。
浜口悠生
演 - 金光泰市[15]
湊、依里の同級生。
木田美青
演 - 飯田晴音[16]
湊、依里の同級生。
ミスカズオ
演 - ぺえ[17]
女装タレント。
広橋理美
演 - 野呂佳代[18]
岳の母親。
伏見の夫
演 - 中村シユン[19]
伏見校長の夫。現在、収監中。
鈴村広奈
演 - 高畑充希[9]
保利の恋人。
正田文昭
演 - 角田晃広[9]
湊、依里が通う小学校の教頭。
星川清高
演 - 中村獅童[9]
依里の父でシングルファーザー。
伏見真木子
演 - 田中裕子[9]
小学校の校長。
黒田莉沙
演 - 小畑葵[20]
湊、依里の同級生。
藤森日和
演 - 石橋実都[21]
湊、依里の同級生。
小松瑛多
演 - 志村瑛多[22]
湊、依里の同級生。
前坂恭子
演 - 片山萌美[23]
雑誌の記者。
消防隊員
演 - 松浦慎一郎[24]
保健室の先生
演 - 大田路[25]
タレント
演 - ゆってぃ[26]
テレビ番組に登場するタレント。

スタッフ

製作

脚本

是枝裕和にとって『万引き家族』以来5年ぶりの邦画作品である。脚本を手掛ける坂元裕二とは初めてのタッグかつ、監督デビュー作である『幻の光』以来となる自身が脚本執筆をしない一作となった。

2017年5月13日から8月6日にかけて、早稲田大学の演劇博物館で企画展「テレビの見る夢 − 大テレビドラマ博覧会」が開催された[37]。企画展の関連イベントとして、6月28日、早稲田大学大隈記念講堂で坂元と是枝のトークショーが開かれた[38]。トークショーのあと、坂元は一度是枝に脚本を持って行ってみようかという気持ちがわいたという[39]

2018年、東宝の川村元気と山田兼司は、坂元に「映画の開発をしよう」と話を持ちかけた。「45分くらいの尺感で走り切って、それが3本立てになったらどんな映画になるのか」と川村は話した。監督として是枝の名前を挙げたのは坂元とされる[39]。同年12月18日、川村は是枝に「映画のプロットができたので読んでもらえないか」とメールした[39]。是枝は誰か脚本家と組むならとの質問の際には必ず坂元と即答するほどの大ファンであった。坂元も是枝について「憧れの存在であり、大好きな映画監督。脚本家としての是枝さんも尊敬している」と表現していた。そうした経緯から念願の共同作業が実現した[4][40][41][42]

脚本は2019年から3年かけて書かれた[43][44]。是枝は脚本を最初に読んだ時、「この少年2人は『銀河鉄道の夜』のジョバンニとカンパネルラだ」と感じたという[45]。坂元は是枝との対談で「世の中には被害者の物語が溢れているが、加害者の物語はどんどんなくなり、むしろ描くことが困難になってきている。そのなかでどうすれば自分が加害者になって、お客さんに加害者の主観を体験してもらうことができるのかをずっと考えてきた」と述べ[39]、また、インタビューで「私たちは生きている上で、どうしても他者同士お互いに見えていないものがある、それを理解し合っていかなければならない時に直面した場合どういったことが起こるのか、そしてどうすればいいのか、その複雑さを表現するにはどうすればいいのか、長い間苦しみ悩みながら脚本を書きました」と答えている[46]

脚本は第75回読売文学賞(戯曲・シナリオ賞)を受賞している[47]

撮影

諏訪市立城北小学校
立石公園

主演を務める4人のうち、黒川想矢と柊木陽太については是枝や坂元も審査に参加したオーディションによって選出された[5]。是枝は黒川と柊木に会うと最初に『銀河鉄道の夜』の話をし、読んでほしい、と言った[45]

舞台設定は当初、東京都の西側の区域だった。脚本には、町を南北に分ける形で大きな川が流れているというト書きがあった。駅前での火災や、消防車の走行などのシーンの撮影を、東京都が許可しなかったため、千葉県と長野県諏訪地方が候補地に挙がった。ことに長野には「諏訪地方観光連盟 諏訪圏フィルムコミッション」(本部:諏訪市[48]があり、協力体制が整っていたことから、まずは諏訪に下見に行こうという話になった。2012年にテレビドラマ『ゴーイング マイ ホーム』をロケ撮影を行ったときの信頼感も是枝にはあった。「諏訪圏フィルムコミッション」の宮坂洋介に案内されて行ったのが、2021年3月に廃校となった旧諏訪市立城北小学校だった。是枝は昇降口の吹き抜けや、街と湖が見渡せる教室からの景色を気に入り、撮影地を諏訪に決定した[49][50]。坂元には「大きな川」を「湖」に変えてほしいと依頼した[49]。是枝はメディアの取材に対し、「全体を貫くテーマと湖を重ねてみようと思った」と述べ[43]、「真っ黒い諏訪湖を見たときに『怪物だ』と感じた」と述べている[51]

2022年3月19日〜5月12日、7月23日〜8月12日に長野県諏訪地方(諏訪市岡谷市富士見町下諏訪町)の約25カ所でロケーション撮影がおこなわれた。地元の小学生ら約700人がエキストラとして参加した[52][53][43][54]。舞台となる旧諏訪市立城北小学校は、校名もそのまま「城北小学校」として映し出された[49]。秘密基地の廃電車は富士見町の旧瀬沢隧道の付近にオープンセットとして設営された。製作には、富士見町の建設会社「今井建設」が協力した。同社は2011年からテレビドラマ、映画、CMなどのセット造成に関わっており、本作品ではセットの資材の運び入れの方法も発案した[55][56]。主な撮影場所は下記のとおり[57]

音楽

坂本龍一が音楽を担当した経緯について、是枝は「撮影場所が諏訪に決まって描かれる脚本に風景が明快になった時、夜の湖に坂本龍一さんの曲の響きが重なった」と述べている[58]。映画の編集をしながら坂本の音楽を仮当てし、それに手紙を添えて坂本に作曲の依頼をした。坂本はすぐに是枝へ「全部を引き受ける体力はもう残ってないけど、(仮当てした映画を)観させて頂いたらとても面白くて、音楽のイメージが何曲か浮かんでいるので形にします。気に入ったら使って下さい」と手紙を送り、その後2曲の新曲と一緒に「すでに私が発表している楽曲から自由に使って頂いて構いません」というメッセージを映画の製作陣へ送った[59]

最終的に完成した映画には計7曲が使用された。内訳は新曲が2曲、1998年発売のアルバム『BTTB』から「aqua」、2009年発売のアルバム『アウト・オブ・ノイズ』から「hibari」と「hwit」、2023年1月発売のアルバム『12』から2曲。

2023年3月28日、坂本は東京都内の病院で死去した[8]。全国公開直前の5月31日、全7曲入りのアルバム『サウンドトラック「怪物」』が発売された。

公開

2023年5月16日、第76回カンヌ国際映画祭が開幕。『怪物』は5月17日に同映画祭で上映された[1]。5月18日、『怪物』の記者会見がカンヌで開かれ、是枝、坂元、安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太が参加した。英国のメディアが、日本映画にみる性的マイノリティ表象の少なさについて質問すると、是枝は「(『怪物』は)LGBTQに特化した作品ではなく、少年の内的葛藤の話と捉えた。誰の心の中にでも芽生えるのではないか」と答えた[60]。さらに是枝は同日、ロイターの取材に応じ、「これらの子供たちの年齢はおそらく、自分たちの性的アイデンティティが十分に形成されていない年齢です。私はそのことにあまり焦点を合わせたくはなかったし、それを特別な種類の関係として考えたくなかった」と述べた[61]

同年5月27日、カンヌ映画祭が閉幕。授賞式前に発表される独立賞として、LGBTに関連した映画に与えられるクィア・パルム賞を受賞した[7]。そして授賞式で脚本賞を受賞した[6]。クィア・パルム審査員長のジョン・キャメロン・ミッチェルは賞の授与に当たり、「世間の期待に適合できない2人の少年が織りなす、この美しく構成された物語は、クィアの人々、馴染むことができない人々、あるいは世界に拒まれている全ての人々に力強い慰めを与え、そしてこの映画は命を救うことになるでしょう」と述べた[62]。同日、フランスの「ル・モンド」はクィア・パルムに言及。「『怪物』は、二人の少年の間に親密な友情がめばえ、それが愛の関係に発展するというプロットを、非常に謙抑的に描いている。映画はある側面において、2022年のカンヌに出品されたルーカス・ドン監督の『CLOSE/クロース』を思い出させる」と報じた[63]

同年6月2日、日本で全国公開された[1]。6月5日、全国映画動員ランキングトップ10(6月2日~4日の3日間集計)が発表。『怪物』は初日から3日間で動員23万1000人、興収3億2500万円をあげ、3位で初登場した[64]。6月はプライド月間にあたっていたが、配給に携わる東宝ギャガは性的少数者に言及するパブリシティを行わず、メッセージも発信しなかった[65]。6月30日、英語字幕付きの上映がTOHOシネマズ日比谷など都内3館で始まった[66]

同年9月10日、第48回トロント国際映画祭で上映された。最高賞の「観客賞」を競うスペシャルプレゼンテーション部門には、『怪物』と濱口竜介監督の『悪は存在しない』が出品された[2][67]

備考

  • 2022年10月12日、ロケをきっかけに、是枝は諏訪市立城南小学校を訪れ、映画制作に取り組む6年1部の児童28人に対し特別授業を行った。児童たちが制作した3本の映画は2013年2月14日、岡谷スカラ座で開かれた試写会で披露された[68][51]
  • 2023年6月2日の公開に合わせて、諏訪圏フィルムコミッションはロケ地マップを作成。諏訪市岡谷市富士見町下諏訪町で撮影された計22か所のロケ地の写真と住所が掲載されている。フィルムコミッション長野県内の劇場などで配布するとともに、特設サイトでも公開した[57][53]
  • 2023年6月9日、諏訪圏フィルムコミッションは岡谷市の商店街「童画館通り」のふれあいホールに「廃電車」のセットの一部を再現。監督、俳優らの120枚を超えるオフショットや小道具を展示した。ホールには、映画公開からわずか1カ月間で、国内外のファン500人以上が訪れた[69][70]
  • 2023年12月27日、バラク・オバマ元米国大統領は、毎年恒例となっている「2023年のお気に入り映画」を公表した。掲げた作品は、自身とミシェル・オバマが製作総指揮として関わった『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』『終わらない週末』『ジョン・バティステ: アメリカン・シンフォニー』の3本のほか10本。その10本の中に『怪物』も含まれていた[71]。なお、オバマは5年前にも同じく是枝が監督として製作に携わった『万引き家族』をお気に入り映画として選出している[72]

脚注

出典

  1. ^ a b c d e f 怪物 - IMDb(英語)
  2. ^ a b 是枝裕和監督『怪物』、トロント国際映画祭で北米プレミア 英語圏ならではの質問で大盛況”. ORICON NEWS (2023年9月12日). 2023年9月13日閲覧。
  3. ^ 2023年(令和5年)全国映画概況” (pdf). 一般社団法人 日本映画製作者連盟 公式サイト. 日本映画製作者連盟 (2024年1月30日). 2024年2月2日閲覧。
  4. ^ a b c d “是枝裕和×坂元裕二が初タッグ!映画「怪物」来年公開、「夢が叶ってしまいました」”. 映画ナタリー (ナターシャ). (2022年11月18日). https://natalie.mu/eiga/news/501755 2022年11月19日閲覧。 
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  7. ^ a b 【第76回カンヌ国際映画祭】是枝裕和監督「怪物」にクィア・パルム賞 日本映画としては初”. 映画.com (2023年5月27日). 2023年6月2日閲覧。
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外部リンク