田盤
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「田襄子」はこの項目へ転送されています。田襄子は墨家の第四代鉅子田鳩(中国語版)のことも指します。 |
田 盤(でん ばん、生没年不詳)は、春秋戦国時代の斉の政治家で、田氏の宗主。姓は嬀、氏は田、あるいは陳、諱は盤[1]、諡は襄。田襄子とも呼称される。
田恒(田成子)の子として生まれた。田恒が死去すると、田盤が代わって田氏の宗主となった。斉の宰相となり、斉の宣公に仕えた。田盤はその兄弟や一族をことごとく斉の都邑大夫とした。晋の趙無恤・魏駒・韓虎らが智瑶を攻め滅ぼして、智氏の領地を三分すると、田盤は趙・魏・韓と使者を通交させ、斉の外交関係を安定させた[2]。
脚注
- ^ 『史記』田敬仲完世家は盤とする。『史記集解』所引徐広は、盤は塈とも作るという。
- ^ 『史記』田敬仲完世家