801 ライヴ

『801 ライヴ』
801ライブ・アルバム
リリース
録音
  • 1976年9月3日
  • イングランドの旗 ロンドン クイーン・エリザベス・ホール
ジャンル エクスペリメンタル・ロック
時間
レーベル アイランド・レコード
プロデュース 801
チャート最高順位
801 アルバム 年表
  • 801 ライヴ
  • (1976年 (1976)
  • リッスン・ナウ
  • (1977年 (1977)
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801 ライヴ』 (801 Live) は、イングランドロックバンドである801が、1976年に発表したライヴ・アルバムである[1]

解説

経緯

1976年6月26日、ロキシー・ミュージックは解散を正式発表した[2]。メンバーのフィル・マンザネラ[注釈 1](ギター)は、1973年にロキシー・ミュージックを脱退したブライアン・イーノ[3][注釈 2](シンセサイザー、ヴォーカル、テープ)と短期のプロジェクトを企画した。

ブライアンはロキシーを去った後、自分のアルバムを作ったが、EGマネージメントからツアーに出るように要求された。彼は心底嫌がった[注釈 3][4]、、、そして従来のポップ・スターになろうという彼の野心は、ここで終わった。しかし彼はレコーディング活動を続け、私も彼と活動を続けて一緒にいる機会が多かった。ある日、一緒にコテージに行った際に、6週間のプロジェクトをやろうという考えが浮かんだ。内容は演奏技術を愛する人と嫌う人を集めて、その結果何が生まれるかを見てみようというものだった。

両者は、マンザネラがロキシー・ミュージックに加入する前に在籍していたクワイエット・サンのメンバーだったビル・マコーミック[注釈 4](ベース、ヴォーカル)を誘った。彼等はマコーミックの兄イアンを交えて別のコテージに移って選曲を始めた。ビートルズの「トゥモロー・ネバー・ノウズ」を選んだのはマコーミックだった。彼によると、キンクスの「ユー・リアリー・ガット・ミー」はある日のリハーサルで誰からともなく演奏され始め、イーノの「マザー・ホエール・アイレス」と「ザ・トゥルー・ホイール」[注釈 5]も検討されたが、時間の都合上削除された。

ビル・ブルーフォード[注釈 6](ドラムス)とフランシス・モンクマン[注釈 7](キーボード)も加わったが、まもなくブルーフォードは離脱し[注釈 8]、アルバム制作に起用されたレット・デイヴィスの提案でサイモン・フィリップスが招聘された。

801はマンザネラ、イーノ、マコーミック、モンクマン、フィリップス、ロイド・ワトソン(スライド・ギター)の6人編成になり、同年8月上旬にハマースミスにあるアイランド・レコードのスタジオでリハーサルを開始した。そして同月26日にノーフォーク、28日にレディング・フェスティバル、9月3日にロンドンクイーン・エリザベス・ホールでコンサートを開催した。

内容

本作は9月3日のクイーン・エリザベス・ホールでのコンサートを収録した。プロデュースはメンバーが担当した。

マンザネラ、イーノ、クワイエット・サンのアルバムの収録曲に加えて、「トゥモロー・ネバー・ノウズ」と「ユー・リアリー・ガット・ミー」が演奏された。

本作は同年9月に発表され、全英アルバムチャートで最高位52位を記録した[5]。1988年には再発CDが発表された。

収録曲

LP
Side One
#タイトル作詞・作曲オリジナル時間
1.「ラグリマ(Lagrima)」Phil Manzaneraフィル・マンザネラ、アルバム"Diamond Head"(1975年)
2.「TNK(トゥモロー・ネバー・ノウズ) (TNK (Tomorrow Never Knows))」John Lennon, Paul McCartneyビートルズ、アルバム『リボルバー』(1966年)
3.「イースト・オヴ・アステロイド(East of Asteroid)」Manzanera, Bill MacCormickクワイエット・サン、アルバム"Quiet Sun"(1975年)、’Mummy was an asteroid, Daddy was a small non-stick kitchen utensil’
4.「ロングロング(Rongwrong)」Charles Haywardクワイエット・サン、アルバム"Quiet Sun"(1975年)
5.「サンバーレプティル(Sombre Reptiles)」Brian Enoブライアン・イーノ、アルバム『アナザー・グリーン・ワールド』(1975年)
合計時間:
Side Two
#タイトル作詞・作曲オリジナル時間
1.「ベイビーズ・オン・ファイヤー(Baby's on Fire)」Enoブライアン・イーノ、アルバム『ヒア・カム・ザ・ウォーム・ジェッツ』(1973年)
2.「ダイヤモンド・ヘッド(Diamond Head)」Manzaneraフィル・マンザネラ、アルバム"Diamond Head"(1975年)
3.「ミス・シャピロ(Miss Shapiro)」Manzanera, Enoフィル・マンザネラ、アルバム"Diamond Head"(1975年)
4.ユー・リアリー・ガット・ミー(You Really Got Me)」Ray Daviesキンクス、アルバム『キンクス』(1964年)
5.「サード・アンクル(Third Uncle)」Enoブライアン・イーノ、アルバム『テイキング・タイガー・マウンテン』(1974年)
合計時間:
CD
#タイトル作詞・作曲オリジナル時間
1.「ラグリマ(Lagrima)」Phil Manzaneraフィル・マンザネラ、アルバム"Diamond Head"(1975年)
2.「TNK(トゥモロー・ネバー・ノウズ) (TNK (Tomorrow Never Knows))」John Lennon, Paul McCartneyビートルズ、アルバム『リボルバー』(1966年)
3.「イースト・オヴ・アステロイド(East of Asteroid)」Manzanera, Bill MacCormickクワイエット・サン、アルバム"Quiet Sun"(1975年)、’Mummy was an asteroid, Daddy was a small non-stick kitchen utensil’
4.「ロングロング(Rongwrong)」Charles Haywardクワイエット・サン、アルバム"Quiet Sun"(1975年)
5.「サンバーレプティル(Sombre Reptiles)」Brian Enoブライアン・イーノ、アルバム『アナザー・グリーン・ワールド』(1975年)
6.「ベイビーズ・オン・ファイヤー(Baby's on Fire)」Enoブライアン・イーノ、アルバム『ヒア・カム・ザ・ウォーム・ジェッツ』(1973年)
7.「ダイヤモンド・ヘッド(Diamond Head)」Manzaneraフィル・マンザネラ、アルバム"Diamond Head"(1975年)
8.「ミス・シャピロ(Miss Shapiro)」Manzanera, Enoフィル・マンザネラ、アルバム"Diamond Head"(1975年)
9.ユー・リアリー・ガット・ミー(You Really Got Me)」Ray Daviesキンクス、アルバム『キンクス』(1964年)
10.「サード・アンクル(Third Uncle)」Enoブライアン・イーノ、アルバム『テイキング・タイガー・マウンテン』(1974年)
合計時間:

参加メンバー

※オリジナル・アルバムの裏ジャケットの記載に準拠。

  • レット・デイヴィス – エンジニア
  • Chris Michie – サウンド・エンジニア
  • Richard Wallis – フォトグラフィ

コレクターズ・エディション

1999年、「サンバーレプティル」と「ベイビーズ・オン・ファイヤー」の間に「ゴールデン・アワーズ」と「ザ・ファット・レディ・オブ・リンバーグ」[注釈 9]を挿入した全12曲入りの改訂版CDが発表された[6]

2009年、『コレクターズ・エディション』と題された2枚組CDが発表された。CD1は前述の改訂版CDで、CD2には1976年8月23日にシェパートン・スタジオで行なわれたリハーサルの12曲が収録された[7]

脚注

注釈

  1. ^ クワイエット・サンロキシー・ミュージック
  2. ^ a b 当時はイーノと名乗っていた。
  3. ^ イーノはザ・ウィンキーズ(The Winkies)をバックに1974年2月13日から国内ツアーを開始したが、予定されていた20の公演の半分足らずを消化した3月4日で残りの公演をキャンセルした。
  4. ^ 元クワイエット・サン、マッチング・モウル
  5. ^ アルバム『テイキング・タイガー・マウンテン』(1974年)の収録曲。「ザ・トゥルー・ホイール」はイーノとマンザネラの共作で、801というバンド名の由来になった曲である。
  6. ^ イエスキング・クリムゾン
  7. ^ カーヴド・エア
  8. ^ マコーミックによると「ビルと私は(収録曲の)多くを初めに一緒に録音してみたが、どうもしっくりいかなかった」とのこと。
  9. ^ 両曲ともイーノ作で、前者は『アナザー・グリーン・ワールド』(1975年)、後者は『テイキング・タイガー・マウンテン』(1974年)の収録曲。

出典

  1. ^ Thompson (2022), pp. 113–116.
  2. ^ Buckley (2004), pp. 201–202.
  3. ^ Buckley (2004), p. 131.
  4. ^ Thompson (2022), pp. 62–65.
  5. ^ Thompson (2022), p. 113.
  6. ^ Discogs”. 2025年1月25日閲覧。
  7. ^ Discogs”. 2025年1月25日閲覧。

引用文献

  • Buckley, David (2004). The Thrill of It All: The Story of Bryan Ferry & Roxy Music. London: Andre Deutsch. ISBN 0-233-05113-9 
  • Thompson, Dave (2022). Roxy Music in the 1970s. London: Sonic Bond Publishing. ISBN 978-1-78952-180-1