それまで発表されてきた交響曲とはやや趣が異なり、スラヴ的な雰囲気を残しつつも内省的で普遍的な音楽として仕立てることに成功しており、作曲者自身この曲を「本格的なもの」と呼んでいる。『第9番 ホ短調《新世界より》』(作品95, B. 178)ほどではないが、『第8番 ト長調』(作品88, B. 163)と共にドヴォルザークの交響曲では良く取り上げられる楽曲である。
概要
ドヴォルザークは1884年3月に、ロンドン・フィルハーモニック協会の招きで初めてロンドンを訪れたが、ロンドンではすでに『第6番 ニ長調』(作品60, B. 112)が好評を博しており、ドヴォルザークは熱狂的な大歓迎を受けた。帰国後ほどなくして、フィルハーモニック協会の名誉会員に選ばれたとの知らせと新作交響曲の依頼を受けた。前年の1883年にヨハネス・ブラームスの『交響曲第3番 ヘ長調』の初演を聴いて新たな交響曲の作曲に意欲を抱いていたドヴォルザークは、ロンドンからの申し出をただちに承諾した。9月に再度渡英し、帰国後の12月13日から交響曲に着手し、1885年3月17日に完成した。同年4月に三たび渡英し、4月22日にセント・ジェームズ・ホールで初演の指揮を執っている。この演奏会は大成功で、ウィーンでハンス・リヒターが、ドイツではハンス・フォン・ビューローが相次いでこの曲を採り上げた。
ニ音の持続音と遠雷を思わせるティンパニの響きに乗り、ヴィオラとチェロによって暗い第1主題が提示されるが、これは反ハプスブルクの祭典に参加するために、ハンガリー[3]からの愛国者達が乗った列車がプラハ駅に到着する情景からイメージを得たと言われている。この後に序曲『フス教徒』(作品67, B. 132)の主題に由来する動機が表れる。第2主題は変ロ長調、フルートとクラリネットが提示する穏やかなもので、弦楽器の小結尾主題が続く。これまでに見られた提示部の反復指定はなく、木管が第1主題を次々に奏して展開部が開始する。次に力強く第2主題が登場し、一旦静まり第1ヴァイオリンが第2主題をさびしげに奏してゆく。木管に第1主題が戻ると、徐々に熱を帯びながらクライマックスを形成し、その頂点で第1主題が再現される。第2主題は繰り返されずに小結尾となる。再現部は全体的に圧縮されている。長いコーダでは第1主題が激しく回想され、この楽章の頂点ともいうべき劇的なクライマックスを築いてゆく。気分が静まり、最後はホルンが第1主題を静かに奏でて終わる。