対向ピストン機関

対向ピストン機関のアニメーション
対向ピストン機関の仕組み 1. 燃料と空気の混合気の吸気口 2. 過給機 (ここでは: 回転式ポンプ; オリジナル: 遠心式) 3. 混合気を一時的にためる空間 4. 一定の圧力で作動する掃気弁 5. 出力クランク機構 (吸気口が非対称制御ダイアグラムに達する前) 6. 吸気クランク機構 7. 吸気口と排気口を備えたシリンダー 8. 排気 9. 水冷ジャケット 10. 点火栓

対向ピストン機関(たいこうピストンきかん、英語: opposed-piston engine)は、内燃機関の一形式である。1気筒に対して2個のピストンが対向して備えられ、燃焼室を共有する。

クランクシャフトを共用し外側に向かってそれぞれの燃焼室がある水平対向エンジン180°V型エンジンとは異なる。日本ではシリンダーを縦置きとした「クルップ-ユンカース式エンジン」(後述)が自動車用・鉄道車両用として1930年代後半から1955年まで輸入・製造されたため、これら水平配置のエンジンと区別するために垂直対向エンジンと称されることがある。

また複動式機関とも異なる。

一部では小型の対向ピストン機関が使用される。

採用内燃機関

アトキンソン・デファレンシャル・エンジン
オッヘルハイザー・ガスエンジン
  • オッヘルハイザー・ガスエンジン - 1888年より研究を開始し、1892年に100馬力1898年には1,000馬力の定置型産業用エンジンを実用化している。アドルフ・フォン・オッヘルハイザードイツ語版率いるコンチガスAG英語版フーゴー・ユンカースと共同開発したもので、ユンカース自身は1893年に提携解消しているが、オッヘルハイザーはその後も開発を継続して1,800馬力のエンジンも製造している。ライセンスは海外のメーカーにも供与され、英国ではウィリアム・ベアードモア・アンド・サンズ英語版が同じ構造のエンジンを製造していた。[1][2]
  • ミシェルエンジン英語版 - フリードリヒ・クルップ・ゲルマニアヴェルフト(ゲルマニア造船所〈ドイツ語版英語版〉)の技師であったヘルマン・ミシェル(ドイツ語版英語版)がUボート用に設計した2ストロークディーゼルエンジンで、1920年にドイツ、1921年にアメリカ合衆国で特許を取得した。1シリンダー2ピストン型のほかに、Y字型に配列された3つのシリンダーで3つのピストンが対向するものも設計・出願した[3]。各ピストンのコネクティングロッドはエンジンの外側に向かって伸びているが、出力側への動力伝達にはクランクシャフトではなく大きな円盤状のカムを用いており、クランクレスカムエンジン英語版と呼ばれる形式の一つである。3シリンダー型は設計変更が行われ、外側にギアで連結さた3本のクランクシャフトを持つ構造となった。
ラルフ・ルーカス・バルブレスエンジン
1900年製Gobron Brillieエンジン
ユンカース ユモ 205航空用ディーゼルエンジン
  • ユンカース ユモ 205 - 及び派生型のユモ206/207/208/218航空用エンジンは、対向ピストンエンジンで最も著名な形式の一つ。ユモの対向ピストンエンジンシリーズ[注釈 1]はごく初期のサイドロッド方式(クルップ式)のもの以外は、排気量と過給機の方式が異なるのみで、基本的な構造は共通している。
  • ユンカース ユモ 223 - 及び発展型のユモ224航空機用エンジン。4つの対向シリンダーを正方形に配置する非常に複雑なエンジンで、実用化には至らなかった[4]
クルップ-ユンカース HK65エンジン
  • クルップ・HK型エンジン - クルップがユンカースより航空用上下対向エンジンの資料提供を受け、トラックモーターボート向けディーゼルエンジンとして再設計したもの。700 ccの2ピストン単気筒エンジンを複数並べる事で排気量を増大させるモジュール設計を採用している。ユンカースの元設計が上下のピストンが2本の独立したクランクシャフトを持ち、ギア駆動で出力軸に動力伝達するのに対して、クルップ・HKシリーズは上側ピストンが2本の長いコネクティングロッド(サイドロッド)を持ち、その下端を下側ピストンの直下に配置された1本のクランクシャフトにつないで駆動する設計になっている。これは車体のできるだけ低い位置に変速機を配置する必要があるホチキス・ドライブ英語版方式の後輪駆動を考慮した設計変更である。また、独立した掃気用過給機は持たず、上側ピストンの上下動により掃気を行うデイ式2ストローク機関のクランクケース掃気の概念も持ち合わせている。日本では「クルップ-ユンカースエンジン」と呼ばれ、日本デイゼル工業・ND型→鐘ヶ淵デイゼル工業・KD型ディーゼルエンジンの基礎となっている。KD型は、鐘ヶ淵デイゼル工業→民生産業→民生デイゼル工業となった後の1955年(昭和30年)までに製造を終了しているが、ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)では汎用エンジンとして1980年代まで製造されていた。フランスではプジョーの子会社であるディーゼルエンジン製造メーカーの Compagnie Lilleoise de Moteurs(CLM、現在のインデネール英語版)がクルップ-ユンカースディーゼルをライセンス製造していた[5]
1914年に発表されたビームを用いた2気筒対向機関「シンプソンズ・バランスド・エンジン」
  • スルザー・ZG9英語版 - スルザーにより開発された船舶用エンジン。ピストンは上下に対向しているが、クランクシャフトへの動力伝達は蒸気機関大気圧機関英語版のように、ロッカーアームに似たビームを介して行われているという、ビームエンジン英語版と類似した構造を持つ事が特徴。このような構造自体は1914年に「シンプソンズ・バランスド・2ストローク」なる空冷オートバイ用エンジンとして発表されているが、スルザー・ZG9は掃気にスーパーチャージャーではなくビームにより駆動される掃気用ピストンが用いられているため、単気筒のエンジンを構成する際に「2つのシリンダーと3つのピストンが使用される」という非常に特異な構造となっている。
アメリカ海軍の潜水艦であるパンパニト SS-386のフェアバンクス モース 38 8-1/8 ディーゼル機関

近年の動向

2000年代以降、軽飛行機向けの航空機用エンジンとしてユモエンジンと類似した設計の2ストロークディーゼルの対向ピストン機関が開発される事が多くなっている。これは従来から主流であるコンチネンタル・モータースライカミング・エンジンズ製の水平対向ガソリンエンジンと比較して、高価な有鉛ガソリンを使用しなくて良いので燃料費が安く済み、エンジントラブルの際の発火の危険性が低く、同社製水平対向エンジンと似たレイアウトを採る事で置換え需要を容易に賄える事などが挙げられる。

  • アカーテス・パワー英語版 - 2004年に米国で設立されたベンチャー企業が開発するエンジンで、ユモエンジンを再設計し現代の自動車排出ガス規制燃費規制に適合するようにしたもの。次世代のディーゼルエンジンとしてアメリカ陸軍が費用面での援助を行い開発が進められている。
  • FA・エメラルドドイツ語版 - ドイツの超軽量動力機メーカーであるフレーミング・エア社が2003年に発売した機体。2004年に2気筒80馬力の対向ピストンディーゼルエンジンを搭載した特別機「FA01スーパーサファイア」をテスト飛行させている。このエンジンはユモエンジンと異なり、上下クランクシャフトと出力軸の動力伝達には歯付ベルトベルトドライブが用いられていた。同社は標準選択のロータックス 912ジャビル・2200英語版とは別に、オプション選択でディーゼルエンジンを選択する予定を立てていたが、その後目立った動きが無いまま現在に至っている[12]
エコモーターズ・OPOCエンジン
  • エコモーターズ英語版・OPOCエンジン - 2008年に米国で設立されたベンチャー企業が開発するエンジンで、元フォルクスワーゲン技術者のピーター・ホーフバウアーが開発し、ナビスター・インターナショナルビル・ゲイツビノッド・コースラらの投資家グループが出資している。OPOCとは「対向ピストン対向シリンダー(Opposed Piston Opposed Cylinder)」の頭字語であり、ゴブロン-ブリリエやクルップ・HK型のようなサイドロッド式の対向ピストンシリンダーを左右に2つ並べて水平対向エンジンとしたような構造をしている。
  • ピナクル・エンジン - 2007年に米国で設立されたベンチャー企業が開発するエンジンで、ユモエンジンを4ストローク火花点火内燃機関として再設計したものである。バルブトレインにはスリーブバルブが採用されている[13]
  • Dair・100エンジン - 英国のディーゼルエア・リミテッド社が開発する100馬力、2気筒の航空機用ディーゼルエンジン英語版。ユモエンジンの設計を踏襲しているが、出力軸はエンジンのほぼ中央に配置されている。これは競合する4ストローク水平対向4気筒をそのまま置き換える事を想定しているためである[14]
  • スーペリア・ジェミニエンジン - 英国のパワープラント・デベロップメント社が開発していた100馬力、3気筒の航空機用ディーゼルエンジン。3気筒である事を除いてはDair・100エンジンと類似した構成であったが、2014年に同社は倒産し、米国スーペリア・エアパーツ英語版社に買収された。スーペリア社ではスーパーチャージャー付き100馬力エンジンと、ターボチャージャー付き125馬力エンジンをラインナップしている。[15]
  • ウェスレイク・エアロエンジン英語版 - フォーミュラ1のレース用エンジン開発などを行っていた英国のエンジンメーカー、ウェスレイク英語版が2014年に開発した85馬力、2気筒の航空機用ディーゼルエンジン[16][17]
  • BWM・マリンエンジン - 英国BWM Ribs社が2014年に開発したモーターボート用ディーゼルエンジン。スーパーチャージャー付き80馬力エンジンと、ターボチャージャー付き100馬力エンジンをラインナップしている[18]
ゴーレ・エンジン
  • ゴーレ・エンジン - ドイツ人技術者、ヘルマン・ゴーレ英語版が開発している対向ピストンエンジン。クロスヘッド方式を採用しており、エンジンオイルはクランクシャフトのみを潤滑し、ピストンリングの材質に自己潤滑性のあるグラファイトを用いる事で、シリンダー潤滑はオイルフリーとしている。ピストン系統をクランク系統から完全に分離している事から、上下ピストンの下降を掃気に用いる事ができ、外部過給機を必要としないほか、エンジンオイルの劣化が起こりにくく排気ガスも綺麗であるという特徴がある[19]

脚注

注釈

  1. ^ 「Jumo」とは Junkers 製 motor を表しており、すべての Jumo が対向ピストンである訳ではなく、通常構造の製品にもこの商標が使われている。

出典

  1. ^ Hugo Junkers A short biography and his technical achievement
  2. ^ Junkers Engine construction (Exhibition guide)
  3. ^ William Pearce. “Michel Opposed-Piston Diesel Engines”. Old Machine Press. en:WordPress.com. 2022年4月21日閲覧。
  4. ^ William Pearce. “Junkers Jumo 223 Aircraft Engine”. Old Machine Press. en:WordPress.com. 2022年4月21日閲覧。
  5. ^ Junkers Maschinen und Metallbau
  6. ^ DKW Supercharged Two-Strokes - Force-Fed Deeks
  7. ^ ürgen Stoffregen: Motorradtechnik. 7. Auflage. Vieweg + Teubner Verlag, 2010, ISBN 978-3-8348-0698-7, S. 60.
  8. ^ Rootes-Lister TS3: TS3 Horizontally Opposed Piston Engine Page 1”. www.oldengine.org. 2016年9月29日閲覧。
  9. ^ Doxford Engines 1878–1980”. Doxford Engine Friends Association. 2016年11月24日閲覧。
  10. ^ Junkers Ship Engines”. Horst Zoeller. 2009年10月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月24日閲覧。
  11. ^ The Vincent Oddities
  12. ^ FA 01 Super Saphir
  13. ^ Pinnacle Engines
  14. ^ Diesel Air Ltd
  15. ^ Gemini Diesel
  16. ^ ニュース - スポーツジャイロコプタ
  17. ^ Weslake
  18. ^ BWM Ribs
  19. ^ Der Gegenkolbenmotor verdiente eine Renaissance

関連項目

外部リンク