幌別駅
幌別駅 | |
---|---|
西口(2021年3月) | |
ほろべつ Horobetsu | |
◄H31 鷲別 (7.7 km) (5.5 km) 富浦 H29► | |
所在地 | 北海道登別市幌別町3丁目 |
駅番号 | ○H30 |
所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
所属路線 | ■室蘭本線 |
キロ程 | 86.8 km(長万部起点) |
電報略号 | ヘツ |
駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
ホーム | 2面3線 |
乗車人員 -統計年度- |
724人/日(降車客含まず) -2019年- |
開業年月日 | 1892年(明治25年)8月1日[1] |
備考 |
業務委託駅[2] みどりの窓口 有[3] |
幌別駅(ほろべつえき)は、北海道登別市幌別町3丁目20にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線の駅である。駅番号はH30。電報略号はヘツ。事務管理コードは▲130315[4][5]。優等列車は特急「すずらん」のみが停車する。
歴史
- 1892年(明治25年)8月1日:北海道炭礦鉄道の駅として開業[6]。一般駅[1]。
- 1894年(明治27年)上期:砂利専用線約2.2km敷設[7]。
- 1899年(明治32年)12月8日:火災により焼失。
- 1902年(明治35年)9月1日:停車場を室蘭寄りに移転改築[8][9]。
- 1906年(明治39年)10月1日:北海道炭礦鉄道の鉄道路線国有化により、官設鉄道に移管。
- 1907年(明治40年)11月30日:小田良治により幌別鉱山シノマンベツから駅前までの9.6km間に馬車軌道敷設[10]。
- 1910年(明治43年)8月:幌別川上流まで砂利専用線敷設。
- 1927年(昭和2年)12月:幌別鉱山軌道に機関車が導入され軽便鉄道となる[11]。
- 1949年(昭和24年)6月:駅舎改築。
- 1951年(昭和26年)9月26日:北海道曹達(株)幌別工場操業開始。専用線1.6km運用開始[12]。
- 1954年(昭和29年):幌別鉱山軌道撤去[13]。
- 1957年(昭和32年)5月:西口開設[14]。
- 1978年(昭和53年)3月30日:橋上駅となる[15]。
- 1982年(昭和57年)11月15日:貨物取扱い廃止[1]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物取扱い廃止[1]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により北海道旅客鉄道(JR北海道)に継承[1]。
- 2002年(平成14年):北海道ジェイ・アール・サービスネットに駅業務を委託し直営駅から業務委託駅になる。
駅名の由来
地名より。アイヌ語の「ポロペッ(poro-pet)」(大きい[親なる]・川)」に由来する[6][16]。現在は町名として使われているが、開通時点では村名であった。
駅構造
単式・島式混合2面3線の地上駅である。配線の関係上、列車の待避は下りのみ可能となっている。大きな橋上駅舎を持っている。
北海道ジェイ・アール・サービスネットが駅業務を受託する業務委託駅であり[2]、みどりの窓口が設置されている[3]。
のりば
番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
---|---|---|---|
1 | ■室蘭本線 | 上り | 東室蘭・室蘭方面 |
2・3 | 下り | 苫小牧・札幌方面 |
- 待避列車は3番線から発車する。
-
外観修繕前の西口(2008年8月)
-
連絡通路内(2017年9月)
-
改札口(2017年9月)
-
ホーム(2017年9月)
-
駅名標(2017年9月)
利用状況
「登別市統計書」によると、近年の年度別乗車人員の推移は以下のとおりである。
年度 | 乗車人員 (百人) |
乗車人員 (一日平均) |
出典 |
---|---|---|---|
2011年(平成23年) | 2,697 | 737 | [17] |
2012年(平成24年) | 2,661 | 729 | |
2013年(平成25年) | 2,686 | 730 | |
2014年(平成26年) | 2,712 | 743 | |
2015年(平成27年) | 2,668 | 729 | |
2016年(平成28年) | 2,759 | 756 | [18] |
2017年(平成29年) | 2,690 | 737 | |
2018年(平成30年) | 2,705 | 741 | [19] |
2019年(令和元年) | 2,650 | 724 |
駅周辺
登別市役所をはじめ同市の中心的施設が付近に立地する。
西口
- 道南バス「幌別駅西口」停留所[20]
- 道南バス(都市間バス)、北海道中央バス(高速むろらん号)「幌別中央」停留所[21][22]
- 登別郵便局
- 登別記念病院(2004年(平成16年)1月19日診療開始)[23]
- 室蘭信用金庫幌別支店
- 北海道銀行登別支店
- 伊達市農業協同組合(JA伊達市)登別支所
- 登別中央ショッピングセンター・アーニス(ホームストアアーニス店)
- 登別市役所
- 登別市立図書館
- 登別市立幌別小学校
- 刈田神社(平安時代ころの創建)
- 来馬川
東口
隣の駅
脚注
- ^ a b c d e 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、851-852頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
- ^ a b 受託駅一覧 - 北海道ジェイ・アール・サービスネット.2021年12月6日閲覧
- ^ a b JR北海道のおもな駅 - JR北海道.2021年12月6日閲覧
- ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、225頁。doi:10.11501/1873236 。2022年12月10日閲覧。
- ^ 日本国有鉄道旅客局(1984)『鉄道・航路旅客運賃・料金算出表 昭和59年4月20日現行』。
- ^ a b 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、70頁。ASIN B000J9RBUY。
- ^ 北海道炭礦鉄道会社 第十回営業報告。
- ^ 市史ふるさと登別 上巻 昭和60年発行。旧位置は現在地より登別駅寄りの現・幌別町5丁目20辺りであった。鉄道局年報では幌別・輪西間が明治34年7M77Cから同35年7M36Cへ41C(約800m)の移動となっている。市街地から離れていたので不便を感じていた市民有志から、明治32年の火災を機に移転の要請が北海道炭礦鉄道に出されていた。
- ^ 『官報』 1902年09月05日 逓信省彙報「停車場移転」(国立国会図書館デジタルコレクション)
- ^ 市史ふるさと登別 上巻及び資料編 昭和60年発行より。1909年(明治42年)に旭坑までの14.2kmに延長。後に小田良治は隣接する硫黄鉱山も買収して北海道硫黄(株)を設立し、幌別鉱山をその傘下とした。
- ^ 市史ふるさと登別 上巻 昭和60年発行によると、5t蒸気機関車1台、6t蒸気機関車1台、6tガソリン機関車1台の計3台運用。
- ^ 昭和26年版~58年版 全国専用線一覧。総延長3.7km。
- ^ 胆振線久保内駅へ索道を介したトラック輸送に切り替えられたため。
- ^ 市史ふるさと登別 上巻より。一方、国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの1948年や1953年の米軍撮影航空写真 USA-R249-36/USA-M228-72では、既に跨線橋が西口まで伸び、建家も確認できる。
- ^ 「幌別駅が面目一新」『交通新聞』交通協力会、1978年4月6日、02面。
- ^ “アイヌ語地名リスト ホロナ~モオ P121-130”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2019年3月13日閲覧。
- ^ “11運輸” (PDF). 平成28年版統計データ. 登別市 (2016年). 2018年1月24日閲覧。
- ^ “11運輸” (PDF). 平成30年版統計データ. 登別市 (2018年). 2019年4月22日閲覧。
- ^ “11運輸” (PDF). 令和2年版統計データ. 登別市 (2020年). 2021年4月29日閲覧。
- ^ “幌別駅西口”. NAVITIME. 2019年10月13日閲覧。
- ^ “幌別中央”. NAVITIME. 2019年10月13日閲覧。
- ^ “幌別中央 のりば地図”. 北海道中央バス. 2019年10月13日閲覧。
- ^ “リハビリ科を新設 登別記念病院 19日に診療開始”. 北海道新聞 (北海道新聞社). (2004年1月16日)
- ^ “幌別本町”. NAVITIME. 2019年10月13日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 幌別|駅の情報検索(時刻表・バリアフリー)|鉄道・きっぷ|JR北海道- Hokkaido Railway Company